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ボーダはゆく

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ハリルのお母さんの思い出

砂漠人さんのブログで砂漠のお母様が亡くなられたとあった(→こちら
90代半ばとのこと、激動のイランで、小さい少数民族の村で着々と生きてきた女性。
私は2014年にイランの砂漠人さんを一ヶ月訪ねた。
このブログの2014年の7月、8月の記事にもその時の記録が残っている。
その後、また絶対に訪ねたいと思っていたが、砂漠人さんが日本に移られたので、
それは叶っていない。
砂漠人さんのお母様の家の庭で、私がいちじくを木から落としている写真↓
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これは私のお気に入りの写真で、今もこの時のことはよく覚えている。
屋根の上にいる少女は砂漠人さんの姪っ子さんで、屋根の上に落ちたいちじくを集めている。
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その後、私はお家の中にお邪魔して、お母様にも会うことができた。
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その頃たぶんあまり歩けなくて、明るいこの窓際に座って刺繍など手仕事をしていらっしゃると聞いたと思う。
上の写真では、仕上がったキリムという織物のバッグを持って微笑んでらっしゃる。
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このようなキリムのバッグを、お母様はお嫁さんに、外国からのお客さんである私にも作ってやれ、とでも言ったのではないだろうか。
これは私の想像で定かではないが、その家のお嫁さんが私にキリムを織り始めた。
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そのキリムは私の滞在中に出来上がり、バッグに仕立ててくれた。
これが↓それが出来上がった時の写真。
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その後、砂漠からアメリカに戻ったが、砂漠人さんのブログを通して、
トルクメンの刺繍や絨毯などには大きく惹かれる思いがあった。
砂漠の地で、日常に使う服や物に施される美しい刺繍。
男女の役割がきちんと決まっている文化で、女性がいろんな仕事を任されながら、
少しでも空いた時間で、ひと針ひと針縫って仕上げる美しいものたち。

今も私の元にあるお母様の刺繍作品とあの時のキリムのバッグ
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キリムのバッグの右上はお母様の刺繍のバッグで私が購入させてもらったもの↓
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左上のものは、お母様がその後目がよく見えなくなられてから刺した刺繍で、
砂漠人さんが私に下さったもので、かなり感慨深い作品だ。
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黒では見えないから、白い生地に大きな目で刺したこの作品。
いつまでも刺す、それ以外にないのだという感じが伝わってくる。
強さを感じる。






by boudham | 2026-01-12 08:12 | Comments(7)
Commented by papricagigi at 2026-01-13 04:31
なんて美しい手仕事。見入ってしまいました。
ハリルさんのお母さんの作品が手元にあるなんて!特に最後の白い地に刺された刺繍からは、滲み出るものがありますね♡ 
刺繍や織物に施されている模様にも、意味があるのでしょうか。

イチジクの収穫の写真も好きです!
Commented by May at 2026-01-13 08:53
もう10年以上前になるなんてね・・・
どの写真も素敵です。
人はみないつか亡くなるけど、私は経験が無いんですが、実際に関わった人がいなくなるのは切ないですね。
”経験が無い”と書いてからハッとしましたが、自分の両親とは”関わった”という感じが全然しないんですよね。
バッグや作品には想いがこもっているようで、見たり使うたびに思い出すとハリルのお母さんも嬉しいでしょうね💗
Commented by boudham at 2026-01-15 07:44
papricaさん、
そうなんですよ、白地に刺したこの刺繍。「滲み出るものがある」というpapricaさんの表現がぴったりです。本当に感慨深い作品です。模様はひとつひとつ意味があるようですが、私はほとんど知りません。私もクミシュテぺのこのお母様の家の写真を見て、敷物にしろクッションにしろ、こんなふうに手作りのものに囲まれるっていいなぁーとつくづく感じます。
Commented by boudham at 2026-01-15 07:55
Mayさん、
Mayさんのコメントの「私は経験がないんですが」というところを読んだ時点で、私も ? と思いました。ご両親は? と思ったからです。そうなんですかー ご両親とは「関わった」という感じがしないんですね。うまく想像できませんが、それは大きなことだと思います。私も親との関係は理想とはかけ離れてましたが、良くも悪くも「関わった」感はあるなーー

はい、実際に出会った人が作ってくれたトルクメンの作品は、大切な宝になりました。
Commented by May at 2026-01-18 17:42
沖縄旅行についてですが、今回の旅行で分かった事がたくさんありました。初日、家を9時前に出て、車→リムジンバス→飛行機→飛行機→タクシーで宿に夕方4時頃着いた時には、一歩も歩けないほど疲れていました。(座ってただけなのにな〜→移動がこれ程疲れるとは、と発見!)
宿の料理は美味しかったけど、夜、朝とも凄い量で「食べ疲れる」経験をしました。
その次の与那国島はすごく良かった!!けど、何も無い島で宿は裏が藪の掘っ立て小屋、トイレは外、シャワーも外で鍵無し、コンクリで囲ってカーテン付けただけの。夜は部屋にヤモリ、ヤモリが鳴く事を知らず、謎の鳴き声と壁を叩く音が恐怖でよく眠れず。宿のご飯(それも車で何キロも先に自分で取りに行く!)も不味いオニギリだけ→自分はもうこんなサバイバルは出来ないと思った(笑)
次の竹富島は水牛車に乗る初体験、は楽しかったけど(夏のように暑くなるとは思わず)冬服で島内を歩き、オフシーズンとかで店も閉まっていて食べ物にありつけず、夕方石垣島に戻った時には疲れが限界突破、ホテルまでの道で気を失って倒れそうでした。
その夜は足の痺れと痛みと脱力、心臓も苦しく頭も痛く(後で考えたら熱中症だったかも)このまま死ぬかと思いました。(後半につづく)
Commented by May at 2026-01-18 17:53
そんな事で石垣のホテルを短縮(那覇〜高松の飛行機が、変更すると5万円もかかると知り!)石垣〜那覇の飛行機だけを変更、一気に帰るのを止めて、那覇に一泊、そして高松空港近くに一泊というふうに小刻みに帰る事に。(キャンセル、変更で日にちが近い為、相当な出費になった)
結果、今回の様な計画は無理がある事が分かりました←それだけ自分が高齢になったというのを実感して愕然。
あと、旅行は「暮らすように旅する」というのが今回すっかり抜けていて、観光だけになってしまい、地元の事をよく知れなかったのは残念でした。
以上です。
は〜〜〜年を取るってやだな〜!
もう海外は無理そうです。飛行機はマックス2時間、外出は一日にマックス5時間が限度。
それでもほそぼそと近場旅行は続けると思います。
Commented by boudham at 2026-01-19 04:19
Mayさん、
沖縄旅行のお土産話、ありがとうございます。もう行って帰っていらしたんですね。体調を悪くされたようで、大変でしたね。朝9時に出て夕方4時に到着って、私には短い方ですが、わかりますー 移動はだんだんと大変になりますよねーー 
美味しいものがたくさん出て、「食べ疲れ」かぁーー 羨ましいっちゃ羨ましいけど、それもわかるような気がします。ビュッフェ式とかだと、食べられる量が少なくて元取れてる気がしませんもの(笑)
与那国島では、ずいぶんワイルドなところに泊まったんですね。若いバックパッカーが泊まる感じの場所なのですかね。食事を車で取りに行くって、車を貸してくれるということ? それとも、車の客しか取らないってこと? よく意味がわかりません。それでも島自体は良いところだったようで、よかったです。平和な感じなんだろうなー
今回何がきついかわかったということは、次はそれを避ければいいので、それも良かったではないですか。

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