太陽いっぱいコロラド暮らし

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カテゴリ:思ったこと( 51 )

プラスマイナスゼロな気が

昨日会社からこんなすてきな花束を持ち帰ってきた。
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会社が私のために買ってくれたわけではもちろんないが、
木曜日は株主総会という、会社の大イベントがあって、
やって来る株主様たちのためにバタバタと準備していて、
この花束もそのためのものだった。
私は当然通訳で緊張のしまくり。
それが終わったので、私が頑張ったから(嘘でもうれしい言葉)と、
持っていってと言われたのだ。

先月3女からお誕生日に届いた花束がまだ綺麗に咲いていたのを、
残念な気持ちでアパートに置いて、一週間の出張に出かけた。(そのときの記事
そうしたら(というわけでもないのだが)
今度はラッキーにも別の花束が私のところに回ってきた。

うまくいえないが、いろんなことが、
結果的にプラスマイナスゼロになるような気がする。
お花をこの前置いていくのが残念だったと思っていたら今回お花をもらえたり。

過去にも運悪く失ったものと、運良く手に入れたものって、
だいたいプラスマイナスゼロな気がするのだ。
昔、今よりもズルいことを考えがちだったころ(爆)
ちょっと得した! と思ったかと思うと、すぐに損もするのだ。
昔々拾ったお財布を自分のものにしたことがあった。
その後自分もお財布を2回無くした。

何かをごまかすと、スピード違反で罰金を取られたりとか、
飛行機に乗り遅れたりとか、大切なものを落としてなくしたりとか、
実際繋がりがないことでも、なんとなく繋がっているような気がするのだ。
だから、最近はごまかせなくなってきた(笑)
その後、たぶん何かを失うと思うから。




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by boudham | 2016-05-28 23:08 | 思ったこと | Comments(2)

スーパーマン 対 KKK

前回の記事でクークラックスクラン(KKK)のことを少し書いたが、
友達が面白い話を教えてくれた。
何て賢い! と思える実話だ。

第二次世界大戦後、KKKは力を増してきていた。
それを阻止しようとした作家であり活動家でもある人間がいた。
彼はステットソン・ケネディーというのだが、
KKKがしている悪いことを調べて警察に報告した。
しかし、警察は関心を示さなかった。
彼は次にFBIにいったが、結果は同じだった。

当時アメリカではスーパーマンのラジオ放送が大人気だった。
彼はKKKをラジオのスーパーマンの番組の悪役にしたてることを考えついた。
ラジオ局はそのアイディアにのって、
ラジオ番組に白い三角帽子(マスク)をかぶった悪者KKKを登場させた。
それをスーパーマンがやっつける。
そのお話のせいでアメリカ中でKKKは悪者だという認識になった。

すごい! 
なんて素晴らしい実話だろう。
私は妙にこれには感動している。

何かいい画像がないかと今探してみたら、
なんとこの話はディスカバリーチャンネルで日本でも放送されたようだ。
ということは、すでにご存知の方もいらっしゃったかもしれない。
こんなサイトがあった。

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by boudham | 2016-03-27 00:55 | 思ったこと | Comments(0)

最近一番面白かった動画

最近すごくウケた動画があった。
面白くて5回は繰り返し見た。

時々覗かせていただいているドイツのベルリンにお住いの「たんたんさん」のブログで、
息子さんのリュウ君が、「げんこつやまのたぬきさん」を
日本語とドイツ語で披露しているかわいらしい動画だ。
ちなみに私がたんたんさんのブログを覗くきっかけになったのは、
私も30年ぐらい前にベルリンで4年暮らしていたこと、
漫画のタンタンの冒険シリーズは私も大好きであることなどからだ。

週末久しぶりにたんたんさんのブログを覗いてみたら、
リュウ君が「げんこつやまのたぬきさん」を
日本語とドイツ語で歌うという動画が載っていた。
へぇ〜 この年の子供がどんな風に「げんこつやま」を
自らドイツ語に訳して、しかもメロディーにのせたのだろうーー
とものすごく楽しみに動画を見始めた。

結果は、、、超ウケたのでした。
思いもよらない結果でした。

でもでも、これはすごい。面白すぎる。
実は私はいろんな言語の持つ響きが、音楽のように好きだ。
ドイツに行った最初の頃は、地下鉄の駅のアナウンスも聞くのが楽しく、
聞き込んでしまって駅を乗り過ごすほどだった。
イタリアに行った時も、フランスに行った時も、
ネパールに住んだときも、それぞれの国の言語の音は
音楽のように聞いているだけで楽しかった。

リュウ君のドイツ語版「げんこつやま」、これは確かにドイツ語だわーー
リュウ君はホント、立派にドイツ語で「げんこつやま」を歌っています。
もしリュウ君がフランス語圏で暮らしていたら、
フランス語版「げんこつやま」はどんな風に歌ってくれていただろう。
なんとなく想像がつくが、聞いてみたかったものだ。

かなり長い前置きになりましたが、
たんたんさんにご了承をいただいたので紹介させてもらいます。



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by boudham | 2016-03-15 10:08 | 思ったこと | Comments(6)

アメリカの貨物列車

通勤の道は何種類かあるが、
どこも必ず線路を越えないといけない。
踏切があるが、降りていない時は、日本のように一時停止はしない。
しないのが普通なので、一時停止して警察に止められた日本人の話を知っている。
まだそれに慣れていない日本人を乗せて運転していて、
踏切を止まらないで思い切りすぎると、よくドキッとされる。

アメリカはご存知の通り面積の大きい国で、
線路は人を運ぶよりも、荷物を運ぶ貨物列車のほうがずっと多い。
人の移動は長距離は飛行機、または自家用車が主流だ。

コロラドでは3つの街に住んだが、
どこも街中を線路が通っていて、貨物列車が通り過ぎるのに当たると、
かなり長い間待たされることになる。
貨物を積んだながーーい列車が15分以上かけて通り過ぎるのだ。

私もここ(ジョージア)で、通勤中たまーに出会ってしまう。
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こうなったらもう仕方ないから、場合によってはエンジンを切って、
延々と通り過ぎる列車を見つめながら待つ。
どこにいくんだろう。
扉が開けっぱなしの貨車、
屋根がない箱型の貨車に積んである石炭の山の上部分がが見えるもの、
空っぽの枠だけのもの、錆ついた貨車、落書きだらけの貨車など、
いろんな種類の貨車が延々と繋がっている。
見てるとなんだか楽しい。

コロラドのフォートコリンズでは街の中心をそれが通る。
街中を通る時は規則で列車はかなり速度を落とす。
数年前、学生が飛び乗ろうとして、足を怪我する大事故があったが、
飛び乗りたい気持ちになるのはよくわかる。
実際飛び乗って成功した人もいるだろう。

ヨーロッパの列車もだが、ここも列車にはよく落書きがあって、
それが見た感じ結構芸術的で悪くない。
最近日本でも電車に落書きした事件があった。
ニュースで読んだが、その落書きは芸術的ではなかった。
日本の落書きはどうして芸術的に見えるのが少ないのだろう。

金曜日、列車に通せんぼされてギリギリで出勤したら、
デスクにバレンタインのチョコが。
そうかー 今週末の日曜はバレンタインだったんだ。
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ちなみに、アメリカではバレンタインは女性が好きな男性に
チョコをあげる日ではない。


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by boudham | 2016-02-14 21:35 | 思ったこと | Comments(0)

サムイ島(コサムイ)の思い出ー2

いくつかの印象深いことがサムイ島滞在中に起こった。

ある日、ワイワイとみんなが騒いでいて、
何々? と聞いたら、
隣のバンガローに蛇が出たとのことで、
その蛇を退治しようとしていた。
その蛇はヤシの葉でできたバンガローの屋根に隠れ込んだようで、
みんなは屋根を棒で叩いたりしてた。
そうしたら、蛇がスルスルと動き始めて、
屋根のヤシの葉を縫うように動いているのが見えた。
怖かったぁーー ワサワサと音を立てながら蛇が屋根を縫うように動いていて。
姿はよく見えないのに。
室内から見るとこんな屋根だ。
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その後しばらくの間、私はこの屋根の下で寝るのが怖かった。

一月もこんな小さなビーチに滞在していると、
私たち家族はこのビーチの主のようになって、
数日から1週間単位で入れ替わる他の客たちを観察したり、
親しくなったりといろいろだった。

2種間ぐらい滞在が重なった台湾在住の20代前半のアメリカ人青年は、
私の長女とよく遊んでくれた。
その思い出を短編小説にまとめたような作品を
その数ヶ月後に、ネパールの私たちの住所に送ってくれた。
「ココナツのひげ」とかいう題名だった。
私の長女が「ココナツにおひげがあるよ」などと言った言葉から、
彼はとてもかわいらしいお話を書いてくれたのだった。
もう一度読んでみたいのに、私はそれをなくしてしまった。
それに、彼がどこの誰なのかも、ずっと前にわからなくなったままだ。

その青年以外にも、南アフリカに住んでいたカナダ人んカップルなど、
面白い人と知り合うことができた。

そんな中、隣のバンガローには、
ドイツ人男性二人(30代後半ぐらいの)とタイ人の若い女性一人が
1週間ほど滞在していたことがあった。
おそらく、タイ人女性は娼婦で、ドイツ人男性二人が彼女をバンコックで買って、
そのビーチに連れてきたのだ。
彼ら3人の様子からそれを察することができた。

ドイツ人の名誉挽回に書いておくが、
すてきなドイツ人家族も1週間ほどそこに滞在していった。
私の長女より2つぐらい年上の男の子がいるカップルで、
その少年の家族と私たちは食事時によくビーチのレストランで一緒になった。
私たちは楽しくおしゃべりし、子供たちは仲良く遊んでいた。
3歳の私の長女と5歳のその少年は、言葉が通じなくても、
日が暮れてもいつまでも夢中に遊んでいた。

バンガローの事務所兼レストランは、所有者はほとんど不在で、
従業員のタイ人女性二人と男性二人が住み込みで働いていた。
女性二人はレストランのお料理とウェイトレスと受付係、
男性は買い物や、バンガローの設備の世話などをしていた。
4人とも20代から30代前半で、気さくで家族のようだった。
私は朝ごはんを食べに行くと、そこの女性に毎朝、
髪を編み込みに編んでもらったりしていた。
みんな子ども好きで、子どもたちの面倒をよく見てくれた。

そんな島の人たちは、その後サムイ島の繁栄とともに出世し、
今ではそれ相応の立場の人になっているのだろうか。

ある日、その人たちが近くの無人島に行くというので一緒に連れて行ってもらった。
小さなボートでその島に行って、3時間ぐらいそこで遊んできただけなのだが、
みんなで貝を採った。
砂浜を掘ると出てくるその貝は、しじみよりも小さい白い二枚貝だった。
それをたくさん採って、持って帰って夕食にした。
私にはすごく楽しい出来事だった。

今だって、あんな生活がしたいと思う。
貝を採って、釣りをして、できたら畑で野菜を作って生活するのだ。
そんな生活が出来る日がいつか来るといいな。





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by boudham | 2016-02-12 09:51 | 思ったこと | Comments(10)

サムイ島(コサムイ)の思い出

タイのサムイ島
1987年の2月から3月にかけて4週間滞在した。
夫と長女(3歳)次女(2歳)と4人で、
ビーチの小さなバンガローに滞在した。

ブログでよくコメントをくださるmiroooさんが
最近ブログを始められて(ここです)、
サムイ島にバカンスに行かれたことを知った。
懐かしのサムイ島。
今は私が行ったころとは随分変わり、立派なリゾート地になっているようだ。

20年前のサムイ島は空港がなかったので、船で行くしかなかった。
リゾート地とは言えるような場所ではなかったが、楽園ではあった。
そんなに遠くないところにプーケット島というところがあって、
そちらはリゾート地だった。

船でサムイ島に着いた私たち家族は、
Laem Sor ビーチという静かなビーチにたどり着いた。
そこは孤立した小さなビーチで、
バンガローの宿泊施設が一つあり、その客以外が来ることのないようなところだった。

その宿泊施設はオフィス兼レストラン(屋根だけあって壁のない作り)と、
ビーチに建てられたヤシの葉の屋根の5棟のバンガローだった。
私たちはその一棟に泊まったのだった。

毎朝、朝食を食べにレストランに行って、
ほとんど毎朝フルーツパンケーキを食べた。
ぺちゃんこの薄いパンケーキにスイカ、パイナップル、バナナなどの
切ったフルーツがのっていて、コンデンスミルクがかかっていて
すごくおいしかった。

昼も夜もそこで食べるのだが、
シーフードフライドライスや魚の揚げ物をよく食べた。
食事以外の時間は、ビーチで遊んだり、泳いだり、その辺を歩き回ったり、
釣りをしたりーーー

一度、もっと大きな有名なビーチ(Lamai Beachと Chaweng beach)に行ってみたが、
そこはまっすぐな長い砂浜が続いていて、お店があって、
旅行者(主にヨーロッパ人)がたくさんいて、私的には魅力を感じなかった。
私は、私たちが滞在していた、湾曲した小さなビーチが、
とても居心地が良くて好きになっていた。

Laem Sor Beachはココナツの木がそこいらじゅうにあって、
両脇は岩があってその先は見えない、
秘密の小さな場所のような感じのするビーチだった。
ある日、右側の岩の方の行けるところまで行ってみたら、
足元の砂が全部小さな貝殻なところがあった。
岩でも砂でもなく、全部貝殻なのだった。
それもほとんどが小さくて先の尖った巻貝の赤ちゃんみたいな、
一つが1センチ以下のものだったのだ。
なんかとても感動した。

ビーチでのんびり過ごすのにもすっかり慣れた頃、
何度か右側の岩に釣りに行った。
子どもたちを連れて私一人で釣り。
ふぐみたいなのが数回釣れた。

次女の2歳の誕生日はそこで迎えた。
私はバイクを借りてケーキとプレゼントを買いに出かけたが、
バイクの免許は持っていなかったが、
そんなことはどうでもよいらしかった。
島を一周する道があり、その道を
その50ccぐらいのバイクに乗って、
大きなビーチのある町にプレゼントとケーキを買いに行った。
途中はほとんど何もなく、車ともほとんどすれ違わなかった。
大きなビーチの町で、素敵な浮き輪とチョコのケーキを買って、
帰り道、カーブで砂でずりずりっと滑って転倒してしまった。
太ももを擦って、血を流してバンガローに帰り着いた。
それでも、ケーキと浮き輪のプレゼントで次女のお誕生日を祝って、
楽しい1日だった。
次女は新しい浮き輪で喜んで海で遊んだ。

サムイ島の思い出は書こうと思えばもっともっとあるが、
今日はこのぐらいにしておこう。








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by boudham | 2016-02-09 10:58 | 思ったこと | Comments(2)

赤めだか

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今日はジョージアには珍しく雪。
「赤めだか」というドラマをダウンロードして観た。
大好きなビートたけしが出ている、というだけでダウンロードして観たのだが、
私的にはすごく面白かった。
繰り返し2度も観てしまった。
しかも、心に深くきた台詞を映像を何度も止めて書き取った。

このドラマは落語家立川談春のエッセイをドラマ化したものだ。
彼が高校を中退し、落語家を目指して
立川談志に弟子入りしてからの生活の様子だ。
彼が師匠からいろんなことを学んで成長していく様子が面白い。

私が書き取った部分の台詞は、
ビートたけしが演じる師匠立川談志が、
弟子に嫉妬とは何か、に始まって、
現実をどう捉えて生きていくべきかを教えているシーン の台詞だ。

『やきもち、すなわち嫉妬とは何かを教えてやろう。
おのが努力行動を起こさずに、
相手の弱みをあげつらって自分のレベルまで下げる行為、
これを嫉妬というんです。
本来なら相手に並び、抜くための行動、生活をすれば、
それで解決するんだ。
しかし、人間はなかなかそれができない。
嫉妬してる方が楽だからな。
よく覚えとけ。現実は正解なんだ。
時代が悪いの世の中が悪いのと言ったところで、
状況は何も変わらない。現実は現実だ。
その現状を理解し分析しろ。
そこには必ず、なぜそうなったかという原因がある。
それが認識できたら、あとは行動すればいいんだ。
そういう状況判断もできないような奴は、俺の基準ではバカという』

実力がものをいう厳しい芸人の世界が台詞の背景にあるが、
これはどんなことにも当てはまると思う。
現実は正解。
現実を理解し分析すれば、なぜそうなったかという原因がある。
それを認識し、行動する。
近ごろ私が感じていることをズバリ言葉にしてくれたような内容だ。




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by boudham | 2016-01-24 13:49 | 思ったこと | Comments(8)

今読んでいる本、考えること

「毎日数学をやれば、数学に強い脳になります。心配事ばかりしていれば、心配しやすい脳になります。繰り返し集中を行えば、集中しやすい脳になるというわけです」ケリー・マクゴニカル『スタンフォードの自分を変える教室」より

あるところで上の引用文を見かけてこの本を買って今読んでいる。
「意思」の力について、続けることのパワー、
どうしたら続けられるかなどいろいろ書いてある。

例えば私も励んでいるエクササイズだが、エクササイズ自体が目的なはずはなく、
自分はなぜエクササイズを続けたいのかを考えるべきだと書いてあった。
そこで考えてみた。
それは健康のため。
では、なぜ健康でいたいかというと、
そのほうが気持ちも幸せでいられるから。
生活の質があがるから。
それにすてきでいたいから。

人間の顔や態度を見ると、すてきな人とそうじゃない人がいて、
それは年齢や顔形ではないとつくづく思う。
すてきな人はポジティブだったり、自分をしっかり持っている人みたいだ。
私もすてきな人になりたい。

Fake it till make it(そうなるまで真似をしなさい)
実際にその力をまだ持っていなくても、
本人が持っていると思い込んで続ければやがて現実になる、というような意味。
どこまでそうなるかはわからないが、
何もしないでいたら何も起こらないから、
Fake it till make it 精神でやるしかない。

などと考えながらこの本を読み進め中だ。

クリスマスの日の散歩で撮った鳥の巣の写真↓
あの日以来青空を見ていないなぁ。
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by boudham | 2015-12-31 01:40 | 思ったこと | Comments(10)

リーダーシップか・・・

毎日忙しく、ブログをアップする回数も、
前より減ったかなー と思っているが、
自分のブログの「外部リンク」に入っているブログだけは
ほとんど毎日読んでいる。
「フレンチ of バージニア」の miekofrenchさんの最新記事を読んで、
なるほどねぇーーと思った。
miekofrenchさんはバージニア州で会計士として
バリバリ働いていらっしゃるキャリアウーマンだ。
この記事によると、人を採用するのに、資格も経験もある応募者が多くいたのに、
リーダーシップのある人がいないので、
誰も採用できなかったのだそうだ。

仕事によって要求されるスキルは違うだろう。
この会計の仕事の場合リーダーシップが取れないと、
ダメだったのですね。
私は実はリーダーシップを取るのは苦手だし、
こういう局面なら、落とされた人間の一人だろうなー と思う。
リーダーシップ、難しいなー 
私は一人こつこつやるのはいいが、リーダーシップには欠けた人間だ。
通訳翻訳の仕事だから、それでもいいかもしれない。
リーダーシップを求められたら、私には難しいなぁー 
でも、これからは年齢も年齢だし、
リーダーシップが取れることも大切になってくるのかなぁ、
などと思わされた記事だった。

写真がないのも寂しいので、今日の夕食の写真。
鶏の砂肝入り野菜炒め。
砂肝なんて食べたいと思ったことがないのだが、
なぜか買ってみようかと思って買ってみたのだった。
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by boudham | 2015-12-17 09:19 | 思ったこと | Comments(4)

南国の思い出

南国のフルーツを食べながら南国の記憶をたどってみた。
タイは1987年にコサムイという島に家族でひと月ほど滞在した。
小さなビーチのコテージで、美しい海岸以外何もないところだったので、
最初の1週間は退屈で、これからどうやって1ヶ月もここに居られるのか、
と思ったが、1週間を越えたらいつまででもいられそうなほどそこが好きになった。
毎朝起きてビーチのレストランに行ってフルーツパンケーキを食べる。
海で遊んでランチ。昼寝をして、また海で遊んで夕食。
そんな毎日だった。
海は美しく、ヤシの木から落ちたヤシの実がそこらじゅうに転がっていた。
少し歩くと岩場もあって釣りもできた。
岩場に挟まれた小さな砂浜は、実は砂ではなくて小さな貝殻ばかりのところがあった。
あの頃は、日焼けなど全く気にせずに私は真っ黒になっていた。
ホテルの従業員とすっかり友達になり、別の小さな人の住んでいない島に
連れて行ってもらい、一緒に貝採りもした。
あんな日はもう二度と来ないだろう。
あの時は、ウォータースポーツなど特に娯楽をするわけでもなく、
私はお酒も飲まなかったし、ただビーチで子供達は夫とのんびり過ごした。
タイはその後一人でコサメットにも行ったことがある。
南国は一人でもあまり寂しくない。

一人といえばまだ子供がいなかった時に、一人でフィジーに行った。
Nadiという所の空港に着いてから、すぐにタクシーで島の裏側に行って、
静かなビーチのコッテージにチェックインした。
行き当たりばったりで決めたのだが、あそこは天国のようだった。
私の知っている南国の中で、あそこが一番本物の南国だった。
フィジー人は開放的で明るく、あたりは花にあふれていた。
コテージのすぐ前が海で、そこはシュノーケリングに最適の浅いサンゴ礁が広がっていた。
プカプカ浮かびながら、手でサンゴが触れるほどの浅さで、
色とりどりの小魚が目の前を泳いでいるのが見えた。
あのあと、シュノーケリングは数カ所でしたが、ここと比べ物になる場所はなかった。
あそこは今もあのままなのだろうか。
いつかもう一度行ってみたいと思いながらまだ実現していない。
きっともう行くことはないかもしれない。
1週間、同じ場所でのんびりと毎日のように真っ黒けになってシュノーケリングをしていた。
ある晩、コテージのベッドで寝ている時に金縛りにあった。
これまでで金縛りにあったのはあの時一度だけだ。
南国の魂に乗り移られそうになったのだろうか。

メキシコのプラヤデルカルメンというビーチには5日間ほど元彼と行った。
あそこもとても美しく、ビーチは観光客と地元の人で活気があった。
漁師が獲った大きな魚を運んでいる姿に会った。
海の色はエメラルド色で、砂は白く、美しい風景はフィジーに劣らなかったが、
シュノーケリングは残念ながらフィジーの足元にも及ばなかった。

ハワイはホノルルマラソンを走るために短期間だけ行ったことがある。
マラソンを走った翌日はシュノーケリング、
そのまた翌日はウィンドサーフィンをした。
あの頃は運動に凝っていて、走ったり、毎日ジムでエアロビクスをしたりしていた。
ウィンドサーフィンは一日クラスに参加しただけなので、
やっとボードの上に立てるようになったと思った時に終わってしまった。

一番最近シュノーケリングをしたのは一昨年フロリダのキーウェストに行った時
そこではイルカも見ることができた。
海の美しさはさらなる本格的な南国にはかなわないが、
アメリカ本土から車で行ける最南端があるキーウェストと、
そこに行くまでの何十も橋のある道は美しかった。

南インドはケララ州やタミルナドゥ州のビーチ付近に滞在した経験があるが、
インドは私には「南国」ではなくて「インド」なのでこの記事には当てはまらない。


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by boudham | 2015-09-22 15:59 | 思ったこと | Comments(6)