太陽いっぱいコロラド暮らし

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カテゴリ:私のこと( 27 )

サプライズの花束

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実は先週私の誕生日があったのだが、
また年は取るわ、長い知り合いのいない土地で暮らしているわ、
もともとイベントの中心になるのは苦手だやらで、
誰にも言わず、普通に1日を過ごしていた。

会議の通訳から自分のデスクに戻ってきたら、花束があった。
グリーンのラッピングペーパーで包まれているが、明らかに花束だ。
ええーー 会社の人事部が私の誕生日を知っているから、
こんなサプイライズをしたのか? と思って、
「誰がこの花をここに置いたの?」と聞いたら、
花屋さんが配達したという。

添えられたカードを見たら、3女からだった。
そうかーー アパートに届けても誰もいないだろうからと職場宛に注文したんだーー

結局、ひたすら人知れず静かに過ごそうと思っていた私の誕生日は、
職場の人にバレバレにバレて、
みんなにハッピーバースデーを歌ってもらうはめになった。

家に持ち帰った花束
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実はこの花束の説明書きに、
「この花束は花瓶から取れない仕組みになっています。毎日水を足してください。
そして長い間お花を楽しんでください」とある。
花を出して水を変えようと思っても、
花が花瓶に固定されているようで取り出せなかった。
なので、そのまま説明書きどおりに水を足して2日間。
チューリップがこんなに長く育った。
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花を受け取って3日目の土曜日、
翌日はジョージアに行くので、花束ともお別れだなぁと思って見てた。
花瓶から出せないと注意書きにあるが、
水は濁ってきていたし、花は元気が無くなってきていたし、
だいたい花瓶の口がきつすぎて花が苦しそうだし、
明らかにこれでいいはずがない!
と、プラスチックで花が出せないようになっているのを、
ハサミで切って花を出して、茎の切り口を切って、
ヌルヌルを洗い落として、きれいな水に変えて、
お花がゆったりできるように二つの花瓶に分けたら、
しおれかけてきた花があっという間にまた元気になった。
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でも、ここまでで、ジョージアへ1週間出張へ。
3日間お花を楽しんで、そのまま置いてきたが、
5日後の土曜日に帰ったらきっと枯れているのだろうか。。。
残念だけど、3日間きれいなお花と生活できたのでうれしい。




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by boudham | 2016-04-19 09:52 | 私のこと | Comments(10)

ドイツのママのニュース

私にはドイツにママがいる。
かれこれ30年近く「ママ」でいてくれている人だ。
このページを見ればちょっとわかってもらえるかも。
彼女は私の最初の旦那のお母さんで、
血のつながりの上では、長女と次女のおばあちゃんで、
孫ちゃんのひいおばあちゃんである。
彼女と私の長い付き合いは、なぜか、
私が彼女の息子と別れたときに始まったのだった。
考えてみればなんて不思議な関係。
最後に彼女に会ったのは一昨年、このときだ。
この日まで私は平均すると2年に一度は彼女の住む
ドイツの小さな村を訪ねていた。

でも、彼女は今年の1厚末から、彼女が生まれ育ったベルリンの
老人ホーム的なアパートに引っ越した。
彼女はベルリンとは遠く離れたケルン界隈の村で60歳から、
30年ほどを過ごした。
彼女は出身がベルリンでも、暮らした年月は今やその村の方が
長いほどだ。
なのに、92歳の彼女が下した結論は、
ベルリンの老人ホームに移りたいーー だった。
そして、彼女は1月中旬に、実際にベルリンに移ったのだった。
そんな彼女の写真が、息子から送られてきた。
彼女には心から居心地のよい余生をそこで過ごしてもらいたい。
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彼女の表情は私にはやや疲れて見える。
92にもなって大きな引っ越しをしたのだから無理もないか。
彼女のことだから、きっとこれからその場所で前向きに暮らしていくのだろう。
できるだけ早く電話をしなくちゃ。


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by boudham | 2016-02-03 13:15 | 私のこと | Comments(6)

筋肉、まだ捨てたもんじゃない?

4日が仕事始めだった。
職場で体重計に乗ったら、なんと、全然減っていないどころか、
ちょっと増えていた。
ええーー、運動して、外食もしなかったのにーー?
と最初は思った。

でも、明らかに肩の筋肉がデカくなっている。
水泳は肩の筋肉がテキメンに付くからねー
筋肉、使わないと落ちるのが早いのは、多くの人も知っての通りだが、
付くのも案外早いのだ。使いさえすれば。
結構泳いだせいで、肩が明らかに一回り大きくなっている。

でも、仕事が始まり、あんなに泳ぎ続けられるはずもなく、
この筋肉もまた落ちていくのだろう。

数日前、マイナス5度の外を散歩した時の写真。
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鏡のようなウィンドウ(銀行の)があったので、
そこに写った自分の姿を撮った。
雪の量こそ少ないが、粉雪がふわふわと地上を待っていて、
空気はハンパなく冷たかった。
私は寒い季節が結構好き。雪国育ちだからかな。

明日からまた3ヶ月の予定でジョージア出張だ。
しばしの自分のアパート生活は楽しかった。

10年ぐらい前に子供たちから母の日のプレゼントでもらった蘭の花芽が
こんなに伸びてきている。
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あと一月後ぐらいには咲き始めるのかなー
今年こそは花が咲くのが見れるかと思っていたが、
また私がいない間に咲いちゃうようだ。





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by boudham | 2016-01-06 08:50 | 私のこと | Comments(14)

アメリカで初めてした仕事

このところ通っているプールはプライベートのジムではなく、
市のレクリエーションセンターなので、子どもや家族連れが多い。
そして、ライフガードが常時3人ぐらいいる。
ライフガードは、私がアメリカに来て初めてした仕事だ。
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(写真はAmerican Red Cross からの借り物です)
こんな姿でこんなチュ—ブの浮きを持ってプールを監視する。
(わはは、こんなにかわいくなかったけど)

ライフガードの免許を取るために数週間の講習があった。
教室での授業とプールでの訓練だ。
ちなみにクラスメートは10代と20代ばかり(笑)
なぜその講習を受けてみようと思ったかというと、理由は二つあった。
1つはこの仕事をしたらタダでプールで泳げると思ったこと。
もう1つのほうが大きい理由だが、
英語で授業というものを受けて、自分がついていけるかどうか、
試すためだった。
そのころアメリカ生活がまだ2年目ぐらいで、
リスニングに自信がなかった。

この講習を受けて、これなら何とかなると思えたので、
大学に行こうと決心したのだった。
そして、ライフガードをアルバイトでしながら、大学に行き始めた。

プールに行くと、どうしてもライフガードに目がいってしまう。
自分も12、3年前はしてたなぁー 
時給が6ドル25セントだったなぁー と懐かしい気持ちで。




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by boudham | 2015-04-19 23:42 | 私のこと | Comments(4)

「だらだら」と「しゃきっ」を行き来して

前回の私のつぶやきにはいろんな方がコメントをくださって、
私はいろいろなことがはっきりしたようで助かりました。
どうもありがとうございました。

ホテル生活も続くと大変になって来るようだ。
自分の家と違って、することがあまりない。
数週間単位であちこち移動していると、私生活を一緒に過ごす友達もできない。
だから、仕事が終ってホテルの部屋に帰ると、
はぁーーっととたんに元気がなくなってしまうのだろう。
ざっと数えてみたら、今年は約200泊をホテルで暮らした。
どこまでできるかみたいな、ちょっとしたチャレンジ心まででてきて続けてきたが、
そろそろ限界なのかなぁー と感じる。
家から老人ホームに移らなければならなくなった老人の大変さが想像できる。
老人にとって、老人ホームは自分の家ではなくて、
ホテルのようなものじゃないだろうか。

3月初めまで仕事が決まっているので、それまではまたホテル生活が続くが、
そろそろ私の寅さん生活チャレンジはオシマイにするかもしれない。
(何かの理由で多少延長することも考えられるけど・・・)

この前温泉の帰りに寄った鍾乳洞の中で撮った画像。
つららのようなものは、1000年かけて1センチぐらいしか育たないそうだ。
それに比べて人間の一生のなんて短いこと。
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by boudham | 2014-12-05 23:46 | 私のこと | Comments(2)

仕事人間になってしまったか

このごろの私を動かしているのは仕事。
仕事がないと、ダラーーとして何もする気が起きない。
仕事がないと1人でひたすら休むだけ。
でも、仕事があるとしゃきっとして、笑顔で仕事をこなす。

以前は、仕事があって、家族がいて、庭があって、犬がいてーー
という感じで、仕事のない日はそれなりにいろいろとしなくてはいけないことがあった。
ブログに載せる記事も食事や庭などと色とりどりだった。
でも、最近は仕事と休日の繰り返しばかり。

今は休暇中だが、今夜はスカイプで会議通訳の仕事があって、
それがあるせいで、そのときだけはしゃきっとして、
準備万端でのぞむ。

終ると、ガクッとしてしまって、ベッドに入ってしまう。

電話通訳も、するつもりになってログインすると、
仕事モードでどんどんこなす。
でも、そうじゃないときは、ログアウトして電話がきても絶対に取らない。

最近の私、仕事モードでしゃきっとしている自分と、
仕事のない時のひたすらだらける自分。

自分的にはしゃきっとしている時の方が気分がいいので、
いつも仕事があったほうがありがたい。
休みはなくてもいいからどんどん仕事をしていたい。

仕事が全てで仕事が頼りーーという感じで、
こんなことでいいのか、と思う。
仕事がなくなったら、どうなってしまうのか。。。

っていうより、なんか他に楽しみを見つけないといけないよね。
私は少しヘンになってしまった。
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by boudham | 2014-12-03 15:03 | 私のこと | Comments(12)

思い出のサドゥーライス

サドゥーとはヒンズー教の行者のことだ。
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昔、ネパールに住んでいたときに近くにあった
パシュパティナートというヒンズー教の寺院には、
こんなかっこいいサドゥーたちが何人もいた。

ある日、Mad monkというアメリカ人のお坊さん友達と
何時間もその寺院の広大な敷地を散歩したことがある。

ネパールの食事といえばダルバートという、
ご飯とダル(豆のスープ)が基本だが、放浪者であるサドゥーたちは、
外で煮炊きするし、鍋の数も限られているし、
材料もお布施されたものなので、
ひとつの鍋に米とダル(豆)、少量の野菜などを入れて炊く。
それをサドゥーライスというんだ、とMad monkは教えてくれた。

Mad monk と散歩中に、彼の知り合いのサドゥーたちがサドゥーライスを作っていたので、
仲間に入れてもらって一緒にごちそうになった。

このごろ、手のかかる食事を作るのが面倒だと、
私も同じようなものを作っている。
これはサドゥーライスだなぁー、と思いながら食べていると、
あのときのことが思い出される。
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Mad monkは直訳すると「気違い坊主」だろうか。
もちろん、英語の本名も、正式なチベット語の名前もあるのに、
みんなはMad monk と呼んでいたし、本人も気にせずにそう呼ばれていた。
アメリカ人で結構若いときにネパールを旅行中に出家をすることに決め、
本当に出家をした、本物のチベット仏教の僧侶だ。
でも、いろんなところに現れて、毒舌ぶりを発揮していくので、
多くの人から少し煙たがられつつも、愛されていた人だ。
私は彼の毒舌が毒舌であることさえ気づかないような、鈍感なところがあるので、
彼とは気が合い、進んで一緒に時間を過ごした。

あの日の長い散歩は、ほとんど一日中、8時間ぐらいブラブラしていたと思う。
彼のこれまでのこと、ネパールのこと、チベットのこと、
どうしてお坊さんになったのかということなど、いろいろ聞かせてもらった。
私の話も聞いてくれた。
彼は、何はともあれ、所持品や自分の国や家族や、普通の生活を全て捨てて、
出家したのだから、すごいなーと思った。

彼は亡くなったというようなことを何年か前にきいたが、
Mad monkで検索してみたら、なんと彼の写真が出てきた。
この写真は私が知っていたころの彼だ。
載せても怒られないと思うので、ここに載せようと思う。
ネパールで昔知り合った、思い出深い人間の1人だ。
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by boudham | 2014-11-08 03:58 | 私のこと | Comments(7)

アルバムをめくってみたら・・・

友達んちの私が使ってるお部屋。
こんなアンティークの鏡台がどーんと置いてあって、
その上にはアルバムが何冊も。
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パラパラめくってみたら、ネパール時代の写真だった。
なつかしい! 
私が持っていない写真がたくさん。
ネパールのそこいら中で見られる棚田の風景
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あはは! 友達(今お世話になってる友達)と私。
二人ともわかーーーい
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サリーを着た私
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長女と私
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↑これは元夫のワークショップだ。
↓子供たちやお手伝いさんと。
私の3人娘、私、お手伝いさん二人、友達の長女が一緒に写っている。
このショウベン臭い(これって方言?)子供たちは
今ではみんな超美人女性に育ち、
私は年をとったのであった・・・
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by boudham | 2014-04-04 08:05 | 私のこと | Comments(12)

ネパールの思い出に包まれながら

フォートコリンズからボルダーの友達の家に来てちょうど今日で1週間。
この友達は1985年から4年間ネパールに住んでいたときの隣人だった。
隣人同士になったとき、私と彼女には娘が二人ずついて、年齢もマッチしていた。
だから、彼女と私の娘たちはお手伝いさんに世話をされながら、毎日一緒に遊んでいた。
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そして、その後彼女と私は2か月ずれて妊娠し、3人目の女の子を産んだのだった。

2000年に私が日本からアメリカにやって来たときに、
コロラドを選んだのも、彼女がいるからだった。
普段は滅多に会わないのだが、ここぞ、というときに彼女に助けられている。
彼女と私の中にはネパールで隣同士だったという大きな思い出がある。
そんな彼女の家で、ネパールの思い出に浸っている。
彼女の家中の壁を飾る絵や写真はほとんどがネパールのもの、
床に敷かれた絨毯はチベットのもの、何から何までがネパール色だ。
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私たちが住んでいたのはチベット人難民の多い、ボーダと言う地区だった。
ボーダにはボーダという大きな仏塔がある。
お散歩も、買い物も、子供たちの遊び場もその仏塔だった。
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そして、このブログの私の名前もそこからとってボーダ、
私が飼っていて2008年にここコロラドで一生を終えたワンコの名前もボーダ。
上のボーダの絵は彼女の一番上の娘さんが描いたものだ。
彼女はボルダーでネパールやインドからの輸入品のお店をしている。
あの頃のネパール生活がそのまま仕事に繋がったということだ。
彼女が仕事で留守中に、ボーダの絵の下のテーブルに仕事道具を広げさせてもらって、
ネパールの思い出に浸りながら、翻訳をしているここ数日。
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来週こそは倉庫に入れられている荷物の点検にいかなくちゃーー
そして、服とかを少しみつくろって持って来なくちゃー
なんとなく気が向かなくて、ついついこうして先延ばしにしてしまっている。
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by boudham | 2014-03-29 09:23 | 私のこと | Comments(6)

気持ちがざわざわ

9週間の出張が、ホテル生活が、やっと二日後に終る。
フロリダで3週間、ペンシルベニアで6週間。
一度も病気もせずに無事仕事を終らせることができた。
終了セレモニーでは感謝状までもらえた。

この仕事が次に来るのは秋以降になる。
だから、春夏は家で過ごせると思っていた。
予定ではちょうど畑開始の時期に帰れるということで、
いろいろと畑の計画など立てたり、久しぶりにみんなに会えるのを楽しみに家に帰るはずだった。
でも出張が始まると同時にそんな計画は崩れ始め、
今は出張が終って、荷物をまとめてこのホテルを出るのがこわいような気持ちがする。
仮のホテル住まいがそれなりに家のような気がしてきてしまっている。

でも、来週はわりと大きい翻訳の仕事も入れちゃったし、
2女の家で孫ちゃんの世話などを手伝いながら、翻訳もするのだろう。
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by boudham | 2014-03-07 09:15 | 私のこと | Comments(8)