太陽いっぱいコロラド暮らし

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カテゴリ:初めての旅( 5 )

初めての旅 5

初めての旅4はこちらです。

コルカタで1週間ほど過ごした後、私と友人Mは、
我々の旅の最初の土地コルカタを後にして、
インドから陸路でネパールに向かった。
ネパールは私がどうしても行ってみたい場所だったので、
我々の次の行き先だったのだ。

長距離列車の切符を、Fさんのアドバイスどおり数日前に買い、
当日コルカタのハウラ駅でFさんに見送ってもらって
パトナ行きの夜行列車2等寝台席に乗った。
そこからはバスを乗り継いでネパールの首都カトマンズへ行く予定だ。
あの頃は想像もしなかったが、
Fさんはあのとき私たちの行くすえを心配していたに違いない。
Fさんとは3月22日ー24日にインドのブッダガヤという町の
マホボディーソサイエティーで再開する約束をした。
私たちは、マホボディーソサイエティーが何なのか、
ブッダガヤがどんな町なのかもよく知らないまま、
とりあえず約束をした。
そこから、3人で仏跡巡りをしようということになったのだった。
Fさんはインド滞在中にこの仏跡巡りをしたかったが、
まだ実現していなかったので、一緒にしようか? と提案したのだった。

私とMはその後ネパールを10日ほど旅して、Fさんとの約束どおり、
3月22日にブッダガヤのマホボディーソサイエティに到着し、
Fさんと再開した。
Fさんは私たちと会えて驚いてた。
たぶん来ないだろうと思っていたそうだ。
それを聞いたとき、私はFさんがどうしてそう思ったのかわからなかった。
私は約束したから当たり前と思ってそれを守っただけなのに。
でも、今私が自分より20も年下の人と旅先でこんな約束を交わしたら、
おそらく向こうは来ないだろう、と思うに違いない。

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by boudham | 2016-10-17 05:42 | 初めての旅 | Comments(2)

初めての旅 4

私の約35年前の初めての旅記録は更新が遅々としているので、
フォルダーを作ってまとめておくことにした。
前回の3はこちらです。

カルカッタではあちこち行ったが、行った場所は全部は覚えてはいない。
写真もないし思い出せない。
カリーガートというお寺に行った。
お寺はカーリーという神様を祀るお寺だ。
インドは多神教の国で、ヒンズー教には神様がたくさんいる。
その神様はいろんな物語を繰り広げ、私たちに大切なことを教えてくれている。
ギリシャ神話の世界がそれに近いように思う。
カーリー寺では、お供えのお花やお米などが乱雑に巻かれていて、
日本人が慣れ親しむお寺とはだいぶ様子が違っていた。
とても乱雑なのだが、お参りに来る人でごった返し、
人々の強い宗教心は感じ取ることができた。
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カーリー女神↑
インドの神様たちはみんな劇的で、みんな自分の役割を持っている。

どこへ行っても私たちは道行く人の注目の的だった。
よくよく見ると、インドの街には女性の数は少なかった。
ましてや私たちは外国人で、常に人目をひくようだった。
見られるのはまだいい方で、ついてくる人、話しかけてくる人などいろいろ。


フーグリ川をボートに乗ってFさんとどこかに行った時は、
岸から私たちの乗ったボートを眺める人がたくさん。
「どうしてあんなにジロジロ見るのでしょうね?」と私が言ったら、
Fさんは、彼らはみんな想像豊かな世界に生きているんだよ、と言った。
普段見たこともないような人がいたら、そりゃ関心が湧くよ。
じーっと見つめて、「こいつは何者だ?」「どこから来たんだ?」
「どこかの有名人か?」「どこかの困った人が救いを求めているのか?」
なんていうふうに、いろいろ考えているんだよ。
彼らはみんなヒンドゥー映画の登場人物なんだ、
世界はストーリーがいっぱいなんだってね。
そしてそれは悪くないことだ、彼らが多少うるさすぎたり、
嘘をつくとがあっても、それは愛に満ちている、、、みたいなことを
Fさんは言った。
このころのFさんの言葉は、その後の私の心にずーっと残った。

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by boudham | 2016-10-16 22:24 | 初めての旅 | Comments(6)

初めての旅 3

私の30ウン年前の旅の記録の続きだ。(1はこちら、2はこちら
今回の内容は実は4年前にブログに一度書いたことと重なる。(この記事

Fさんとその晩行ったのは、
ンド料理のチキンビリヤニ(インド風炊き込みご飯)がおいしいという、
Fさんオススメのレストランだった。
決して高級なところではなく、大衆食堂だ。

Fさんは6ヶ月の予定でインドに滞在中で、
その滞在はすでに後半にさしかかっているようだった。
インドについての本を書くために取材中なのだそうだ。
インドが大好きな人だった。

彼は英語は流暢で、ベンガル語やタイ語も話せた。
どの程度話せたのかは、それらの言語がわからない私には知る術はなかったが。

でも、カルカッタでは、そしてその後も彼とインドを旅した間は、
彼はかなりベンガル語やヒンズー語で日常会話はしていた。

彼と私たちが滞在していたモダンロッジというホテルは、
放浪の旅をする日本人やヨーロッパ人に人気のある安ホテルだった。
そこには、日がな一日、特に出かけるでもなく、
ダラーっと(のんびり?)屋上などでおしゃべりをしたり、
ボーッとしたり、ハシシ(マリファナ)を吸ったりするヒッピー風な旅人もいた。

旅を始めたばかりの私は、Fさんに出会わなかったら、
そういう人たちの中に入って、ダラーっと無為に過ごす日々を送り始めたかもしれない。
それが悪いとかいうつもりもないし、
私は当時、旅にそういう雰囲気も求めていたような気がする。

ところが、Fさんに出会い、私はそういう人たちの仲間に混ざれなくなった。
Fさんは私とMに「あの仲間に入るな」と言ったのだ。
インドにせっかく来たんだから、積極的に出かけていろんなものを見て回れと。
あの時、Fさんは、言語が堪能で態度がさっそうとしていて、
一匹狼的で、知的で、とてもカッコよく見えた。
だから、私とMはFさんの忠告どおりにあちこち歩き回った。

Fさんはお勧めのヒンズー教寺院や、観光名所への行き方も教えてくれた。
そして、夜ホテルに帰ってから夕食を一緒にしようと約束した暁には、
私たちはそこに行ったことをFさんに報告しなければならないと思い、
バスやらトラムやらに乗ってそんな場所へ行った。

残念ながらあのときのカルカッタの写真は
旅の記録の2に載せたものしか持っていない。
あの頃はデジタルカメラなんてなかったし、フィルムが勿体無いから、
今のように景気良く写真が撮れなかったし。
それに撮っても無くしてしまった写真もある。










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by boudham | 2016-08-22 02:56 | 初めての旅 | Comments(0)

初めての旅 2

翌朝、朝食後、ロビーのソファに座り、
寝袋を売りたいという話を他の旅行者やホテルの人と話していた。
私たちの隣の部屋に泊まっているFさんという
30歳ぐらいの男性(日本人)が話しかけてきた。
Fさんは、私たちがあまりにも旅慣れしてないので、
心配してくれたのだろう。
この子らが寝袋を売りに行っても、
どうせ安く叩かれるに決まっていると思ったようで、
私たちに売れる最高値プラス10%で自分が買うと言ってくれた。
今考えると、それでもFさんは損をしなかったのだろうが、
私たちにとってもいい話なので、Mと私は寝袋を持って、
意気揚々と値段交渉に出かけた。

外に出ると、またいろんな人が寄ってくるが、
ちょっと慣れてきた私たちは、
こちらに必要のない人間を無視して歩けるようになってきた。
こちらが必要な者にだけこちらから近づいていくということが、
少しずつできるようになったのだ。
それでも、しつこく物乞いは付いてくるのだけど。
二人の少年に付きまとわれている私。
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でも、物乞いだけではなく、
者を売ったり、芸を見せてお金を稼いでいる、真っ当な商売人もいた。
こちらは猿まわしのおじさん。
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この後、この猿は私の指を噛んで、私は指から血が出てきた。
そしたら、おじさんが私を「こっちにこい」と
数十メートル先のお店に連れて行き、
そのお店の人から茶色い粉を手のひらに受け取って、私の傷に振りかけた。
どうやら薬らしい。
大丈夫かな、と思ったが、そのまま粉をつけたままにしておいた。

結局寝袋はいくら頑張っても250ルピー以上で買うという人はいなかった。
ホテルに帰ってFさんに言ったら、
Fさんは私とMの寝袋を両方ともそれぞれ10%増しの275ルピーで買ってくれた。
日本で買った時の値段よりもちろんかなり高かったので、私たちは満足。
荷物になるし、インド旅行では暑すぎていらないし、
できるだけ早く売りたかったのだ。
その晩はFさんと夕食に行った。



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by boudham | 2016-07-31 21:15 | 初めての旅 | Comments(0)

初めての旅 1

初めての旅の記録を残したいと思いながら、
何も書かずに35年も経ってしまった。
出張中、書いてみようかと思い、古い写真を何枚か携帯で撮ってきた。
上手に書こうなどと考えていると、いつまでたっても書けないので、
とにかく書いてみることにした。
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何もする気が起きなくて、成績もビリッケツだった高校時代を終えて、
2年間東京で働いて貯めたお金で最初に成田から発ったときの自分。
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顔が丸い〜〜 って今も顔は大きいのだが。
首に当時出たばかりだったSONYのウォークマンのヘッドホン、
持っている手提げ袋についているのは、
友達の手作りの「アラビアのロレンス」の登場人物二人のマスコット人形。
あの頃「アラビアのロレンス」が好きで10回以上見たと思う。
20歳の私です。
この丸い顔がこの旅行中だんだんほっそりしていくことになる。
そして、ぽわーんとした顔つきも
だんだんと緊張を伴った顔になっていくのである。
何せ、日本を出たこともない私と女友達のMが、
最初の旅の地にインド、ネパールを選んだのだから。
Mはヨーロッパ旅行がしたかったのだが、
私が「途中にインドがあるから寄って行こうよ」と
無理やり誘ったのだった。

バングラデッシュ航空という、当時人があまり乗りたがらない
航空会社の飛行機に乗って、バングラデッシュのダッカで乗り継ぎで一泊し、
最初に着いたのがインドのコルカタ(当時はカルカッタと言った)
椰子の葉をかすめるように飛行機がコルカタ空港に着陸。
空港に出た途端タクシーの客引きや、
インドを知らない無知な旅行者(つまり私とM)から
金や物をふんだくるのが目当ての人や、物乞いやらがわっと寄ってきた。
私とMは、インドを旅する「放浪者」向けガイドを調べ、
タバコやウィスキー、寝袋、ウォークマンなどを売るつもりで持ってきていた。
当時インドは輸入をすごく制限していて、
そういった物が高く売れるのだった。
無駄に人にプレゼントなどしてはいけないとわかっていたはずなのだが、
圧倒されてしまい、「シガレット、シガレット」と
あまりにもしつこく迫られ、気迫負けして2箱タバコをあげてしまった。
なんとか残りは死守し、するはずだったタクシーの値下げ交渉もそこそこで、
貧乏旅行者に人気のあるサダーストリートへ。
タクシーがすごいスピードで走り出した。
うわー インドだ。ついにきたんだ。
屋台、路上に人がたくさん、車やバイクや自転車やリキシャが
秩序なく行き交い、
私たちを乗せたタクシーもその合間を縫って、
クラクションを鳴らしながら走って行った。
車線なんてない。

モダンロッジという、日本人放浪者に人気のあるホテルに到着。
チェックイン。
1泊数十ルピーの安宿の部屋は、天井に大きな扇風機、
ベッドが二つあるだけ。
トースト、茹で卵、バナナの朝食付きだった。

少し休んでその晩外に出たら、物乞い、路上生活者、
何か売る物はないかとうるさくたかってくる人たちに圧倒されっぱなし。
痩せ細った汚い子ども、
目の黒目が薄い色になっていて明らかに目が見えてない少年、
やせ細った体でリキシャを引く人。
小さい赤ちゃんを抱いて物乞いするお母さん。
インドに着いた最初の晩、私は圧倒されて路上で涙が出てきてしまった。
よくわけがわからず、なんで涙が出るんだ? と思いながら、
ホテルに帰って寝た。







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by boudham | 2016-07-31 20:41 | 初めての旅 | Comments(10)