太陽いっぱいコロラド暮らし

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フィッシュマーケット

ロングビーチのお隣の、サンペドロという街の
フィッシュマーケットに3女と行った。
3女は車を持っていないので、バスに乗って行った。
サンペドロのダウンタウンはちょっと廃れた感じがした。
海辺にミュージアムがあったので入ってみたら、
この街の歴史がわかった。
1950年〜1960年ごろはツナ缶が海のチキンという
うたい文句で人気の出た頃だった。
その頃、この街はツナ缶工場で景気がよかったらしい。
その後ツナ缶工場はプエルトリコに移り、
おそらく街の住人の多くは職を失ったに違いない。
それよりもっと前の戦前は、日本の和歌山県から
移民として渡って来た漁師が多く住んでいた。
日系一世のその人たちは、他の国からの移民よりも
漁師として大変成功していたそうだ。
しかし、第二次大戦が始まり、強制収容所に入れられ、
その後、戦争が終わっても、この街に帰ってきた
日系人は数少なかったそうだ。
悲しい話だが、きっとその頃の一世二世は他の場所でも、
日本人持ち前の勤勉さで成功していったに違いない。

フィッシュマーケットは海辺にあり、
すぐ外はこんな桟橋のようなのがたくさん浮かんでいて、
海で働く人がいた。どんな仕事をしているのかな。
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生の魚が売っているお店。
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こんな大きなサメみたいな魚も↓
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フジツボがついているロブスターがいた。
ロブスターはかなり活動的な生き物なのに、
なぜフジツボが着いちゃったんだろう(笑)
なんとなくマヌケな話だ。
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このお店は生の魚介類を選んで買ったら、
それをお料理してくれる。
私たちが買ったお魚、その他。
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お料理後
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明るいデッキで海を眺めながらかぶりついた。
和歌山県から渡ってきた日系一世の漁師たちのことを考えた。
海で働いていた人間が、遠くアメリカに来てまた海で働いていた。
こんなに明るい海で。
そして成功していたのに、戦争とは本当に残酷だ。




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by boudham | 2017-07-08 04:59 | Comments(4)
Commented by 砂漠人 at 2017-07-08 13:31 x
おおおーう! 人生を謳歌されていますね!
あの明るい太平洋には、恐ろしく暗い歴史が刻まれていますね。小さな島々にも、北米にも南米にも、わたしたちの祖先が移住して勤勉に働き、無残に死んでいった現実を思い起こすべきとわたしも思います。
Commented by kaguma at 2017-07-09 00:16 x
充実したお休みですね。
お孫さんはますますかわいくなってますね。
ブログだけみているとboudhamさんのほうが日本にいる私よりも日本人的な食生活をしているように見えます。

それにしても、いろんなところに歴史というものがあるものですね。
どんな悲劇も時間がそれを埋めてくれると思いたいです。過去を振り返って文句を言い続けてもいいことはないですから。

サメはどう見てもサメですね。おいしいのでしょうか?
Commented by boudham at 2017-07-11 08:33
砂漠人さん
魚介類、美味しかったですが、砂漠のチョントリやエビも全然負けてませんよ。でも、海辺のマーケットで自分で選んで、海を眺めながら食べるというのは、人生を謳歌していると言っても言い過ぎではないかも。それにマルガリータ!

そうなんですよ、カリフォルニアの海と空があまりにも明るいので、そんな中で絶望的な目にあった過去の人たちのことを考えると、対照的すぎてさらに無情を感じました。急に「太陽がいっぱい」という古い映画を思い出しました。明るい太陽と悲劇って、不思議な悲しさをもたらしますね。
Commented by boudham at 2017-07-11 08:43
kaguma-ji
孫ちゃんは、生まれたと思ったらもう6歳です。この調子でティーンエイジャーになり、大人になる日もすぐに来てしまいそう。親子の関係も、子育て中は短いもので、大人になってからの関係が長いのですね。最近それがよくわかってきました。
どんな悲劇も時間が解決すると私は思っています。過去の文句を言い続けてもいいことない、全く同感です。
サメは食べませんでしたが、どうなんでしょうね。次に行ったら、思い切って買って食べてみようかなー
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